「絶対間違う」と確信する

我が家の庭のシンボルツリーは、落葉樹で冬はとにかく葉が庭中に落ちてかき集めるのが大変なのだが、夏はこんな風に薄く、黄色に近い薄い葉がひらひらとして爽やかな気持ちになる。今の家を建てる時に、わざわざ園芸の本など買って調べて、園芸業者さんに頼んで運んで来てもらった木ではある。だが、寒くなり落ち葉が大量に落ちるときなどは「こんなに大量の落ち葉を掃除し続ける人生なんて無理だ。もう木を抜いてしまうしかない」という風に追い詰められもする。

そんな絶望に見舞われることもあるが、今は先日剪定してもらった木から薄いヒラヒラとした新芽がたくさん出てきて、とても綺麗だ。

何匹もの蝉がとまっている時もあり、これはかなりうるさい。

土曜に、置き薬の営業の人が来ていて、夫が玄関口で対応していた。そばの部屋にいた私には夫と置き薬の人の会話の声が聞こえてくる。置き薬の人は「庭の木の葉が黄色くて、珍しいですね。なんという木ですか?」と夫に訊いている。私は咄嗟に「夫は絶対に木の名前を言えないだろう」と思ったが、意外にも夫はハキハキと「『アメリカン・ハート』です」と答えた。「へえ。それは初めて聞きました。とても綺麗な木ですね」と、置き薬の営業の人が褒めちぎっている声も聞こえてくる。

しばらくして夫が意気揚々と置き薬の対応を終えて部屋に戻ってきた。

私は夫に言った。「惜しい。惜しいよ!あの木は『アメリカン・ハート』じゃないんだよ」と。

夫は、「え?本当はなんていう名前?」と訊くから、私は教えてあげた。

『ハート・オブ・ゴールド』っていう木だよと。

この木の名前も込みで私はこの木を気に入ったから取り寄せたんだもの。間違えられちゃあ困るなあ。でもそこで絶対に期待を裏切らないのが夫なのだ。

それにしてもこの木が葉を落とす季節になったら私はまた「木を抜いてしまおうかな」と思うぐらいに心が折れてしまうから、この夏の暑さの中で涼しく揺れる黄色の木の葉をもっともってみんな褒めて褒めて褒めちぎって欲しいものだ。

ブランディングをして良かったのかどうかという振り返り

7月は私にとっては(そして会社の一部の人にとっても)つらいものだった。

まず、6月16日に執り行った会社の50周年記念式典に向けて、この2年、ひた走りに走っていて本当に良い形でその日を迎えることができたので、終わったことによる精神的な反動というものもあるだろうと覚悟はしていた。

この2年間の内訳は

  • 2021年8月 ブランディングを依頼する業者の決定
  • 2021年9月 ブランディングに向けた打ち合わせの開始
  • 2022年5月 ブランディングをしてくださる業者さんとの合宿
  • 2022年6月 式典を依頼する業者の変更
  • 2022年7月 フィネットのキービジュアル「ファーム」を依頼するイラストレーターさんと接触
  • 2022年10月 社内でブランディングコンセプトを共有するイベントを開催
  • 2022年年末~2023年3月 ドメイン移行、コーポレートサイトリニューアル、社屋エントランスリニューアル、その他社内リニューアル
  • 2023年3月 式典を依頼する業者の変更
  • 2023年4月 社名変更による社内混乱で総務のメインのかたが体調を崩す
  • 2023年5月~6月 式典準備、ノベルティ作成
  • 2023年6月16日 50周年記念式典

という感じで足掛け2年ぐらいかかっている。本当にたくさんの業者さん(イベント会社、イラストレーター、看板業者、塗装業者、内装工事業者、大原美術館関係者、印刷業者、HP作成業者など)と怒涛の打ち合わせをこなしていた。

たくさんの祝福を受けて式典が終わって少し脱力したところで、7月は役員一人が右肩の骨折をし、私がコロナ陽性になり、と、会社の経営を担う者にも充分な余裕がない日々であった。

結果、7月の私は少しパワーダウンしてしまい、コロナでメンタルにかなりダメージを受けた私は、心底、経営というものに対して自信を失くしていた。もう、身の回りのものを風呂敷に包んで、「それでは私の役割は終わったのでお暇をいただきます」とどこか遠くに去ってしまいたいとまで思っていた。

それでも何とか7月を乗り切って8月に入って改めて社内を見渡した時に「そんなにうちの会社は悪い状況なのか?いや、むしろ良くなったところがいくつもある」と感じることができた。

  • それまで「欠けている」と感じていた関東のマネジメント層についてご縁があって入社いただけるかたができた
  • 女性エンジニアをなかなか採用できないと悩んでいたが、これもご縁があって今年の3月に入社いただけることができた
  • 式典後に仕事の話をいただけることも増え、また、式典の良い思い出を共有できる取引先の方たちと笑顔で会話できることが増えた
  • 若いかたの多い会社で活気がありますね、ということを取引先が認識してくれた

などいろいろあるが、私が今一番強く感じているのは、「ほかの会社から祝福してもらうことによって社員の人ひとりひとりが自分たちに自信を持てるようになり、今までだったら受け身で動いてもらえないと感じていたことに対して自ら動いてくれる人が増えた」ということである。

こういう「自信を持てた結果が成長につながる」という体験を社員の人にさせることは絶対に私一人の力ではできない。外側からの良い眼差しに後押しされないと、ついつい、「うちの会社なんて頑張ってもそんなに変われるわけではない」という気持ちがブレーキになってしまう。

ブランディングというのは「社外に向けたもの」というイメージが大きいが、私はもともと「社内ブランディング」を目的としており「社員の人に自信を持ってもらうことで会社の方向性を素早く伝番させ、動いてもらえるようにする」というのを当初からイメージしていた。

他社の経営層、幹部、管理職のかたと話すとき、ついつい互いに自社の悩みについて語り合いがちであるが、自社の良いところを自分自身が嘘偽りなく幸せな顔で語れるようにするためにも、ブランディングというチャレンジはこれで終わり、ということでなく引き続き続けていくべきなんだろうなと思う。

「親切さ」に慣れない

いつも使っている眼鏡の一つの「鼻あて」がとれてしまった。体調を崩していたのもあり眼鏡店に行くのが面倒で、しばらくは無理やり使っていたのだが、やはり眼鏡の収まりが悪いので直しに行こうと考えた。会社から一番近いのはアリオ倉敷の中にあるJINSであった。実はJINSで眼鏡を作ったことがないが、「安価な眼鏡が豊富なデザインから選べる」というイメージを持っていたので、この手の「ちょっとした修繕」などはしてくれるのか自信がなかった。もっと「街の商店街の眼鏡屋さん」みたいなところが良いのではないだろうか。

とちょっと考えたが、体調が未だ芳しくなく遠方の眼鏡店に行く元気がなかったので、まずはJINSに寄ってみた。すると、とてもにこやかな店員さんが事情を聞いてすぐに対応してくださった。幸いにも「鼻あて」は紛失していなかったのもあり、処置はとても早かった。「お代はいくらですか?」と訊くと「無料でございます」と、にっこりと笑って言ってくださった。

ありがたいなあ、と思いつつ、JINSをあとにした。それにしてもこの手の「日本人が同じ日本人に、回りまわって利益の形で返ってくるかもしれないとはいえ、とても親切にしてくれる」ということについて、その日本人の一見すると非常に善良な感じについて、ちょっと脳みそが混乱して、「いつから日本人はこんなに親切になったのだろう」と思ってしまうことがある。

たとえば、しばらく前の話だが、ちょっとした内視鏡手術のための診察を一年前に病院で入れてもらって、一年後にまんまと一日前に間違って病院に足を運んでしまったことがある。自動の受付機で「本日の予約はありません」と表示されてちょっとショックを受け、ふらふらと人がいる受付に足を運んだら、受付のかたがたいそう心配してくれて、しかし「一度発行した予約票は二度めの発行はできないんです」とすまなそうに言う。その時点で私はうっすらと「自分が予約日を間違えた可能性」に気づき始めて恥ずかしくなっていたので、「分かりました。お手間かけました」と小さく謝って受付をあとにした。 すると、その受付のかたがわざわざ失意にヨロけて歩いている私を追いかけてきてくれて「〇番!〇番の受付でしたら例外的に予約票を再発行してくれます。ぜひ、そこに行かれてはどうでしょう?」と優しく声をかけてくださった。 その時に私は、ちょっと感動して、「そんなにもなんで親切にしてくれるんでしょうか?」という気持ちになった。

そういったことが、最近とても多い気がする。たぶん、日本人だって仕事の上で苛ついて不愛想な態度をとるかたも多いだろうし、それはもう、接客という仕事そのものが大変だからやむを得ない。不愛想ぐらい甘んじて受け止めよう。と腹を括って生きているのだが、概ね、皆さんが親切にしてくださって感動することのほうが多い。私が若いころ、もっと不寛容な態度をたくさん取られていたような気がするので、そのギャップに何年も慣れないでいる。

ところで通院であるが、次の診察は三年後である。「次は三年後に来てください。システムが三年先には対応していないので、忘れずに三年後に来てください」とのことだ。予約をちゃんと取れるか不安でしょうがないが、きっとまた親切なかたに助けられて三年後もなんとかなるだろう。世の中が今より不寛容になっていなければいいけど。

コロナ陽性になってしまった

新型コロナウィルスが五類になり、世間もちょっと油断しているかなあというタイミングでコロナウィルスに感染してしまった。先週、関東に出張に行ったので、そのタイミングでとは思うが、ノーマスクで飲食というよりは、新幹線の冷房にやられた感が強いなあという印象。朝7時台の新幹線に乗ったのだが、とにかく冷房がきつくてガタガタ震えていた。どちらかというと私は暑がりのほうなので暑さ対策に気を取られていていたのだが、あの冷房のキツさからいうとユニクロのウルトラライトダウンでも持っていったほうが良かったかもしれない。

新幹線を降りると、その日は曇りとはいえしっかり暑かった。この気温差が私の自律神経をメタメタにしてくれた感じがする。

症状が出始めたのは翌日の夕方から。喉の調子がおかしくなってきて、「ああ、これはまずいなあ」と思っていたが、各種行事が詰まっていたので「明日には治りますように」と祈りながら寝た。が、祈りむなしく翌日から発熱。

熱は解熱剤で何とか抑えられるのだが、とにかく咽頭通が激しい。ピーク三日ぐらいは水を一口飲むのも一苦労で、咳でもしようものなら涙目だ。錠剤も喉にひっかかって飲み込めない。そんな調子だから、声も出せない状態だった。水分と栄養はなんとか「クーリッシュ」というアイスにて摂取していた。

いちばんキツいときは「このまま気道が確保できず息ができなくなったらどうしよう」という恐怖が大きかったが、喉の激痛は四日目ぐらいには落ち着いた。

医師の知人とやり取りしていたが、「当初のデルタ株では咽頭痛のような炎症が喉や気管支ではなく肺の奥で起こっていたことを考えると恐ろしいね」と言い合った。

とにかく、今は少しずつ回復していることをお伝えします。

ちなみに夫は私より遅れること三日でなぜか発熱し、コロナは陰性だが病床に臥せっている。病床に臥せっているが、食欲はあってうらやましい。私は未だに食欲が回復せず、クーリッシュをチビチビ舐めて生きている。

夫と錦鯉

50周年のお祝いとしてオーディオストック社の西尾社長さまからお酒が届いた。なんと「錦鯉」という名前のかっこいいパッケージのお酒である。

西尾社長といえばご自身はお酒を呑まないのに、わざわざ新潟出身の執行役員のかたに相談して選んでくださったとのこと。新潟なら間違いない。新潟の今代司酒造というところから発売されている。

箱から取り出すとこんな感じ。デザインのほうでもいろいろな賞を受賞しているみたいだ。

帰宅してから夫に自慢しようと思った。夫は酒をほとんど呑まないし、こんな洒落た日本酒なんか見たこともないだろうと思ったのだ。

しかし、まさかの「知ってる!」との返事。しかも「有名だから僕だって知ってる」的な即答。

本当に知っているのか確認したら、ちょっともごもごし出した。

やはり勘違いしていたみたいだ。

たぶん、日本酒でよく使われる「山田錦」という米の品種と混同しているのだろう。

それにしても、「酒」というネタだけでもいろんなバリエーションがあるなあと感心することしきりだ。本当に、たくさんの祝福と感動をありがとうございます。これからも祝ってくださった皆さまに恥じない経営に邁進してまいります。

芋くさい芋焼酎

本日はご近所のピープルソフトウェア株式会社のかたが来てくださった。

「鶴見」という焼酎を持参して。

先日、弊社の50周年の祝賀会でおしゃべりした時にどうやら私は「芋くさい芋焼酎が好きなんですよね~。最近、あんまり芋くさい芋焼酎なくないですか?」的なことを言ったらしく、それを覚えていてくださり「酒工房あおえ」で購入して持ってきてくださったのだ。 本当にありがたい。言った当人は全くそのことを覚えていなかったので、余計にありがたい。

この「鶴見」は公式サイトによると「日本一芋くさく甘味がある個性的な芋焼酎を目指して製品化しました。」だそうで。しかし、この酒は社内では呑む人もいないようなので、私がありがたくひとりでいただこうかなと思う。芋くさい芋焼酎は若者にはまだ早いのだ。

おまけ。

最近の夫作の麻婆豆腐。豆腐の形状は保たれているが、今回はとろみが足らず水っぽいものになっていたので、次は片栗粉を足そうねということをアドバイスさせてもらった。でも、ちょっとずつ上手になっているので本人は自信をつけ始めている。

正直、食べる側からすると麻婆豆腐はそろそろ飽きてきた。