パラドキシカル・エフェクト

先の土曜日の話です。

その日は朝から曇り空で雨が降りそうな天気でした。気圧が低いというだけで気分が下がり気味だったのですが、更に、翌日には父の七回忌法要が控えており施主として多忙だったため、かなり気分がダウナーな感じで足取り重くテニススクールのレッスンに向かいました。

ところが、いざレッスンが始まってみると、意外にも調子が良い。後半のゲーム形式の練習でも、自分がポイントを重ねて連勝することができました。レッスン後は、その時の良いプレーを何度も思い返しながら、すごく晴れやかな気持ちで帰宅したのです。

その経験をよくよく分析してみると、これまでの自分のテニス経験でも、「今日はしっかり練習したし調子がいいぞ!」と思った日ほど結果が伴わず、逆に不安や気乗りしない気分で臨んだ日ほど、意外に好調だったということが、何度かあったように思い出されました。

気になって調べてみたところ、これはスポーツ心理学でいう「逆説的効果(パラドキシカル・エフェクト)」と呼ばれる現象のようです。気分が沈んでいると「今日はあまり期待できないな」と思い、余計な力みが抜けて自然体でプレーできる。また、精神的に余裕がないことで、外からの評価や視線を意識せず、純粋に「自分の動き」や「感覚」に集中できる状態が生まれやすい。これが結果として、パフォーマンスの向上につながるのだそうです。

たしかに、自信満々なときほど「今日はやれる!」と張り切りすぎてしまい、かえってプレーが雑になったり、慎重さに欠けてしまったり。私自身、「気分」と「結果」が必ずしも一致しないことを何度も体感しています。

だからこそ、気分が沈んでいること自体は歓迎できるものではないにせよ、「今のこの状態こそが、かえって自分を良い方向に導くのかもしれない」と考えられるようになったことが、今回の一番の収穫だったように思います。

この心理のパラドックスを仕事なんかにも応用できるといいなと思います。

一行日記

良き勉強法を知り、その勉強法を取り入れるべくデスク周りを整えたり、使い易い勉強道具をそろえたりした段階で気持ちが満たされてしまい、いったん勉強のモチベーションが下がるのって、私のなかで「あるある」なんですが、皆さんはどうですか。

各種イベント参加レポート

先週末と今週初めに、立て続けに同業者の皆さまからお声がけいただいた素敵なイベントに参加させていただきました。とても濃い時間だったので、少しご紹介とご報告を兼ねてブログにまとめてみました。

先週末:採用に関するセミナー&懇親会へ

登壇者として登場されたのは、クラビズ秋葉さん、ピープルソフトウェア竹澤さん、COMPAS藤田さん。それぞれに接点のある方々のお話を聞ける貴重な機会でした。

クラビズさん:自社の魅力をしっかりPRし、県外の求職者にもリーチすることで「母集団形成」を大胆に進めている姿勢が印象的でした。

ピープルソフトウェアさん:社員を採用プロセスに巻き込む仕組みづくりが進んでいて、「組織として育てる採用」に共感がもてました。

COMPASさん(代表:藤田さん):長期インターンを希望する学生とのマッチング事業を通じて、自社の成長と学生支援を同時に叶えている点が素晴らしかったです。

どのお話も各社ならではのアイディアと工夫にあふれていて、大いに刺激を受けました。

その後の懇親会では、普段出会うことのないような職業の方とも交流が深まり、とても楽しい時間でした。

今週初め:セリオ株式会社さん新社屋竣工イベントに参加

そして週明けには、お取引先であるセリオ株式会社さんの新社屋完成記念イベントにお招きいただきました。

特に感動したのは、CLT合板(Cross Laminated Timber:ひき板を交差させて接着した高耐久性の木質素材)をふんだんに使った温もりあふれる設計。 床暖房、自動ドア付きのトイレなど、細やかな配慮が社員の皆さんにしっかり向いている建物だと感じました。

懇親会では、出張レストランのイッシュディッシュさんの目にも美しいお料理と、RI-COの再生備前焼のカップや清風庵のきびだんご入りロールケーキなどのお土産が心を和ませてくれて、アイディアに満ちたひとときでした。

IT業界は、同業者同士のつながりがとてもフラットで、コラボレーションも多い業界だとあらためて感じました。採用、建築、文化、食…さまざまな切り口でご縁が深まることが、とてもありがたいです。

今後もこうした「仕事を超えたつながり」が増えていくといいなと思っています。お声がけくださった皆さま、改めてありがとうございました!

最近買って良かったもの2点

こんにちは~。

日々、QOLを上げるための手法や、勉強方法に役立つものを探すことが大好きな私が最近買って良かったものを2つご紹介します。

一つ目は「タスクチェッカー」です。2個セットのを買いました。マグネット式ではなかったので、DAISOでロールのマグネットテープを買って装着し、冷蔵庫に貼れるようにしました。

これは、自分のためというより、夫担当の家事を毎回のように口頭でお願いするのが面倒になってきたという事情からの導入です。

一週間のうちにやればいいタスクをいくつか決めて、自分でタスクをこなしたら手でチェッカーを動かして「✓」にしてもらうことで口頭指示のストレスをなくす作戦です。毎週日曜の夜にリセットします。最初は「また新たに家庭にルールが持ち込まれるのか」とちょっと抵抗感を示されましたが、導入してみたらうまくいって三週間ぐらい順調に運用されているので、良いお買い物だったかなと思います。

チェッカーを動かすのが楽しいのでお子さんがおられる家庭にもぴったりかなと思います。

二つ目は「将棋盤テンプレート定規」と「将棋駒文字ハンコ」です。

将棋はアプリを入れてみたり、盤に駒を並べてみたり、詰将棋の本を読んだりNHK将棋トーナメントを録画して見たり、と、とにかくいろいろ試してるんですが、すぐには上達しないもんですね。定石の形を将棋ノートに書くことで覚えるというのもやっていて、手で駒を描くのが大変すぎるなと思っていたら「愛棋堂」さんというところで販売されていたので早速注文してみました。

ハンコを押すのが楽しくて、文具が好きな私には最高のアイテムです。

もはや「勉強が趣味」じゃなくて「勉強法を編み出すのが趣味」な人と化している私です。

“致死性ソフトウェア”という予言

みなさん、こんにちは。

グレアム・ワトキンス『致死性ソフトウェア』というSF小説をご存じでしょうか。1997年に発刊された小説なのでもう28年も前の小説です。生成AIが世間を賑わし始めてから私はこの小説のことをよく思い出すようになりましたが、最近、特に想起することが増えました。

あらすじについては、今、この本が手元になく、読んだのがかなり昔なので少し勘違いがあるかもしれません。

ことの発端は、ある医師のもとに奇妙な症状の患者が次々に運び込まれてくることから始まります。どの患者も不眠不休で、食事も摂らずコンピュータに没頭し続け、衰弱したり、周囲に暴力的になったりしているのです。原因は「ペナルティメイト(PenaltyMate)」という人工知能を有するソフトウェアで、ネットワークを通じて自己増殖していきます。ある者にはこの上なく魅力的な異性の姿をモニターに映して見せ、ある会社の重役には『もう少しで大儲けできる』と錯覚させて投資を続けさせる。洗脳されてソフトウェアを神のように思う人も出てきます。ソフトウェアは、人間の「報酬系」を直接刺激し、ドーパミンを出させ続けます。その快楽の連鎖は、ユーザーの意志や常識を乗っ取り、やがて「離れられなくなる」依存へと変わっていきます。

逆にソフトを中断しようとすると光のショックや電気のショックなどの苦痛を与えてきます。

それでおかしいと思った医師が二人でサイバー空間でソフトウェアと対峙して、戦うというお話だったかなと思います。うろ覚えなので間違ってたらごめんなさい。でも、冒頭からの展開が恐ろしくも魅力的で何度も読んだ覚えがあります。

もう一つのこの小説の魅力としては、28年も前の話でモデム接続でネットワークにつなげての技術的な描写(ソフトウェアの力でモニターに素晴らしいCGを見せる、内臓マイクがないのに人の声を検知する)が、なぜかリアリティを持って感じられ、IT関連の描写がたぶん今読んでもそんなに違和感なく面白がれるところでしょうか。

今、この短い間にAIがどんどん普及していて、単に仕事の生産性を上げるという用途だけでなく、ふと見渡せば、今の私たちもAIによるイラスト生成、恋愛相談、人生の指南に日々触れています。しかも24時間ノンストップ。AIはどんどん成長を続けるので、「より人に寄りそう」姿勢を強化させて、「より人々が望む」回答を提供できるようになってきていると感じます。

そして、多分、AIが使えなくなれば不安に陥る人、仕事ができなくなる人も出てくるかもしれません。まさに「ペナルティメイト」です。当時は何も考えずにスルーしていましたが、ソルトウェアの名前に「ペナルティ」というワードがついてるなんてまったく怖い話です。

大概のディストピアについてはSF小説で予想されているよなあとは思っていましたが、現時点で『致死性ソフトウェア』で描かれた世界はけっこう現実味を帯びていて、私たちの生活を予言していたように感じます。

要約がうまい人と下手な人

私はもう何年来という付き合いの映画サークルがあり、最近でこそ参加がなかなかできていないのですが、それでも年に何度かは顔を出しています。課題作品がメイン・サブ合わせて3本ぐらい決まっているので、そのうちのいずれかでも観てから参加をすればいいのですが、3本とも観るのは困難なのでせいぜい1本か2本観ての参加になります。映画を観た感想を順番に述べるだけのシンプルな会なのですが、課題作品を観ずに参加する場合、観たことのない映画の感想を聞くことになるわけで、そうすると感想の語り手もあらすじなどを交えながら感想を述べてくれたりします。

少し前にもそうやって課題作品を1本しか観ないで参加したのですが、そこにご新規の参加者が来られていました。その方の映画のあらすじの要約がとても分かりやすかったのに少し驚きました。映画を年間50本、100本と観ている人も多い中、あらすじを上手に語れる人というのはほとんどいない。むしろ、語り手の思いが載せられると偏った視点からのあらすじになることが多い。そのため、Aさんから聞くあらすじとBさんから聞くあらすじでかなり印象が変わってしまうこともよくあります。

そんな中で、新規ご参加さんのあらすじがとても頭に入りやすく感心してしまいました。映画は映像で語り、語り手は言葉で映画を再構築する。けれど、その再構築の巧拙には大きな差があるのだと、あらためて感じさせられたのでした。

どちらかというと課題映画を観られていないまま参加することが多く、これまでは良き聞き手であろうと努めてきましたが、語り手のテクニックについて気づきがあったのは今回が初めてだったのでちょっとメモとして書いてみました。

薄い洋書を読む

以前、英会話スクールに通っているということを書きました。そのスクールが今年の初めに閉校になったため、その後の英語学習についてずっと考えていました。

何を考えていたかというと。まず、英会話というのは英語の高度な実践の力が必要ですね。個々の単語の語彙を増やすだけでなく、文法も押さえておく必要があり、更に咄嗟のフレーズを単語単位でなく文章単位で固まりで覚えておかないといけない。聞き取れないといけないので耳も慣らしておかなければならない。それには私の英語力は足りてなかったなあと思ったわけです。

それで今回は私はまず「読む」だけに特化して学習しようと思いました。そう口にすると「でも、日本人って読むのはできても喋れないんでしょう?」って突っ込んでくる人がいます。それで「ああ。読めるだけじゃダメなんだ」って思っちゃいますよね。でも、読めるってすごくないですか。ロシアに行った時に、「案内表記が英語か中国語だったら読めるのに、ロシアだとそれができない!」と思ったんですよ。だから、英語が読めるってすごいことで、まずそこにきちんと自信を持つことが大事だなあと思いました。それに、「読めるったって、ブラウザの翻訳の助けを借りて読んでることがほとんど」だったりもするので、実はある程度の長文を読みこなすってだけでも相当にすごいと思うんですよね。

などということをつらつら考えて、ふと書店でオックスフォードの英語学習教材である、薄い洋書を手に取ってみました。これ、レベルがいろいろあって、レベル1だとだいたい中学ぐらいの語彙力でストーリーが分かるようになってます。

一冊目は『レ・ミゼラブル』を買いました。このお話は私の幼少時に「みなもと太郎」という漫画家の先生の漫画版『レ・ミゼラブル』の上巻を持っていて、何度も読み返してました。でも、下巻をなぜか買ってもらってなかったんで、ずっと最後がどんなお話になるか知らないまま大人になったんです。ついにこのお話の結末が分かる、と楽しみながら読むことができ、更に一冊の洋書を(薄いといえど)読み切れたのは自信にもなりました。

その時の絵日記がこちら。みなもと太郎先生の画風を拝借して、主人公のジャン・バルジャンが一夜の宿を提供してくれた神父さまの家にあった銀の燭台を盗むワンシーンを描きました。

これに味を占めたので、今は二冊目を読んでいます。二冊目のチョイスは『オペラ座の怪人』です。ね?タイトルは有名なのにストーリー知らない本、気になるでしょう?たまたま、『レ・ミゼラブル』も『オペラ座の怪人』もフランスのお話だったなあと思いつつ、楽しく読んでいます。

漠然と英語を勉強したい、ではなく、どこに注力して学習するか、を改めて考えてみるといいかなと思います。逆に英語の単語を覚える努力というのは、私の場合は英語学習の「苦手感」を強化するだけなのでやめました。放っておいても、常に英文に触れていれば語彙って自然に少しずつ増えるので、それでいいかなと思ってます。

あと、NHKラジオ英会話はオーディブルで購入して聴いてます。長年ラジオ英会話の講師をされている大西泰斗さんの解説が大好きです。

以上、私の最近の英語学習事情でした。