始めるときはサッサと始めるし、やめる時もサッサと辞める

会社の顧問税理士さんに「社長は気が多いねえ」といつも笑われる。しょっちゅう感化されて、新しい趣味を始めてしまうからだ。新しい趣味を始めるにあたり大事なのは、やめようと思ったらサッサとやめることだ。そうしないと最初は楽しく始めたのに、それが徐々に苦痛になってしまう。趣味をやめる時に大事なのは、やめる上での自分なりの正当な理由を決めて自分を納得させることだ。

たとえば、一時期将棋をやっていて公民館にも通っていたのだが、やめてしまった。なぜやめたのかと言えば公民館のおじいちゃんから「冠婚葬祭以外は絶対にやめずに(将棋をしに)来い」と言われたからだ。そ、そ、そんなん、言われたくないわー。と思ったのでやめた。仕事じゃないんだから趣味ぐらい好きにさせて欲しい。

で、今年に入ってずっと気になって作りたいと思っていたのが「ガチャ詰めポーチ」だ。ガチャガチャで出したものをテイストを合わせてクリアなポーチに入れるやつ、ね。ほんと、人がやってるのを見るとすぐにやりたくなっちゃうんだから。

それから韓国語も勉強しようと思っていて、だから、韓国テイストのガチャ詰めポーチを作った。韓国のお菓子や料理のガチャガチャ。それから韓国系アメリカ人のデザインしたエスターバニーっていうキャラクターをクレーンゲームで取ったので、詰めてみた。韓国語の勉強をするときは、これを取り出して机の上に置いてやっている。

ちなみに韓国語はなかなか難しい。中国語を習っていたころは、やはり漢字の存在が大きくてここまで苦労しなかったなあと思う。

タレントの光浦靖子さんがカナダに留学した様子をエッセイに書いた本を読んだが、英会話がまったく上達しない苦悩を「ツルツルした壁に登ろうとしているみたい」と書かれていたが、まさにそんな感じ。記号の組み合わせにしか見えないハングル文字がどうしても脳みそに定着してくれない。でもまあ、いいんだよ。そんなに急いで習得するつもりもないし、またやめてしまうかもしれないから。と思いながらのんびりやっているのだ。

あ。でもテニスはずっとやってまーす。体が続く限り!

『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』感想

年末年始に『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』という本を読んだ。

前回のエントリにも関連するが、私は昨年、「来年はもう少し技術書を読もう」と思った。この本はエンジニアリングそのものに関する本ではなく、アカデミックな文章についての話である。だが、こうして原点に立ち返り、「そもそも論文を書くとはどういうことか?」を問い直す本はとても良い。

多くの人は、物事をふわっと理解したまま書き始めてしまい、その結果として挫折するのだと思う。

本書は「アカデミック・ライティング」についての本であるが、「アカデミック・リーディング」にもきちんとページが割かれている点がとても良い。そもそも論として、本書では「書けない人は、実はきちんと読めてもいない」ということが指摘されている。

さらに、「よくよく考えると恐ろしいことは、ふだん自分の読解力というものを客観的に測定する機会はほとんどないという事実である」という一文が印象に残った。

これは、人は脳の使い方を正式に学ばずに育ち、だから本当は脳の使い方をよく知らない、という話ととても近い。

そもそも、技術書なりアカデミックな文章なり、皆さんはどうやって読んでいるのだろうか。読書技術系の本を何冊か読んできたが、結局のところ、それらは「その人が自分の脳に合った手法を編み出して披露している」にすぎないように思う。それを他人がそのまま真似しようとしても、うまくいくはずがない。

ちなみに、私はこの本を三段階に分けて読んだ。

① まずは全体をスキャンするイメージで、さらっと読む。 ② 章ごとにA4の紙一枚に概略をまとめる。 ③ あとで急いで読み返せるよう、B6横ノート半頁程度を目安に、さらに章ごとの概略を数行に落とし込む。

あとで②は不要になるので捨ててしまう。必要な箇所を参照したくなったら③を確認し、必要に応じて①に戻る、という読み方だ。

話が少し逸れたが、この本は、人文学者である著者が自身の体験を基に、「正しい論文のフォーマットが分かれば、論文は比較的簡単に書けるようになる」という考えに辿り着き、「では、正しい論文のフォーマットとは何か?」をテーマに、その答えを分かりやすく整理した一冊である。

本書全体が、まるで一本の論文そのものをなぞるかのような構成で書かれている点も非常に示唆的だ。

また、重要なポイントはボールド体で示されており、その要点部分と各章のまとめを拾い読みするだけでも、本書の主張は十分に理解できるようになっている。

この本は、「論文を書かなければならない人」のためだけの本ではないと思う。技術書が読めない、文章が頭に入ってこない、自分は理解力が低いのではないか、そう感じたことがある人にこそ、一度立ち止まって読んでほしい本だ。

「書けないのは能力の問題ではなく、フォーマットを知らないだけかもしれない」、そして、「読めていないのは努力不足ではなく、読み方を学んでこなかっただけかもしれない」。

そう気づかせてくれる点で、本書はとても静かで、しかし強力な一冊だった。

それでも、書く人がいる

先日、「AIのせいで、人が技術ブログを書かなくなり、その結果、AIの学習データが減っていくのではないか」という内容のブログを読んだ。それを読んで、確かに薄々感じていたことだなと改めて思った一方で、だからといって未来が悪くなるかというと、どうもそうは思えないのだ。

ブログが書かれなくなっているのは、技術ブログに限った話ではない。社長ブログはどうだろう。ここにきて、いくつか社長ブログを探してみたが、更新が途絶えているもの、一年に2、3記事しか更新されないもの、あるいはSNSの投稿が自動的にまとめられて載っているだけのものなども多い。

ちなみに、もし社長ブログが減っているとすれば、コンプライアンスへの意識が高まったことも一因なのではないかと思う。社長の言葉が、もはや「個人の考え」として受け取られにくくなった今、気軽に書くこと自体が難しくなっていると私自身も日々感じている。

まあ、それはともかくとして。技術ブログが減っていくのは、やはり少し寂しい。

これまであまり書いてこなかったが、技術ブログというものも書いてみようかな、と、新年にエンジニアたちとしゃべっているときに言ってみた。 すると「それはいいんじゃないか」という流れになった。その場の勢いもあって「じゃあ書こうかなあ」と思ったのだが、帰宅して冷静に考えてみると、私のように「エンジニアリング」が仕事のほんの一部でしかない人間が書くより、そこに集まっていた「エンジニアリングが体の真ん中にある君ら」が書いたほうがいいんじゃないかな、と思ったりもした。きっと、私よりはるかに良い記事が書けるだろうに、などとも思った。

とはいえ、そんな会話もあったので、今年は少しだけ社長ブログに技術寄りの記事が出てくるかもしれない(出てこないかもしれない)。

直近では、一昨年から昨年にかけて、Rails 3 から 7 へと上げるシステムリプレース案件を抱えて、死ぬほど苦労したあとは、あまり技術的な活動もしていない。正直、何か書けるとも思えないが、「弱いエンジニア」としての何かなら、書けるかもしれない。

冒頭の話に戻るならば、AIにとって価値があるのは、完成された正解だけではない。試行錯誤の途中や、うまくいかなかった判断、回り道の記録もまた、貴重な学習データだ。「弱いエンジニア」が書くものは、そういう途中経過ばかりかもしれない。だが、そういうものこそ、人にとってもAIにとっても、案外役に立つのではないかと思っている。

なお補足しておくと、AIは「自己教師あり学習」や「モデル蒸留」といった仕組みによって自己補完的に知識を広げていく手法も活用するため、学習データの枯渇を過度に心配する必要はない、という見方もあるようだ。

清水ミチコさんのライブ

今年も清水ミチコさんのライブに行きました。いつも倉敷芸文館でライブをやってくださるので、私の家からはアクセスもよく嬉しい限り。そして、人生で初めての体験。ペンライトを買いました。

正直に言うと、「私がペンライトを振ろうと思う日が来るとは」という感じです。

今回のライブでも感心したのは、新しい工夫が随所に加えられていたことでした。今年も清水ミチコさんの弟の清水イチロウさん、それから高田漣さん(弦楽器奏者)も参加してのトリオでの演奏。清水ミチコさんが衣装替えでハケた時間帯の面白い映像でのつなぎ方。そしてアンコールの工夫。

その中の今回初めて経験したことが、「ここは赤のペンライトでお願いします」などと曲に合わせた清水ミチコさんからのリクエスト。

ペンライトを持っている人は、その場で振ります。ただアイドルのライブと違って、まだまだ持っている人は少ないのでまばらです。

それでも、ペンライトが点くと空気が一段階変わるのがはっきり分かりました。もともとミチコさんは会場を巻き込んでいくのがすごく上手なかたなのですが、更に会場との距離が近づいた感じがしました。

長く第一線で続けている人は、大きく変えるのではなく「ちょっとした新しさ」を入れるのが本当にうまいなあと思います。

ペンライト一本で、あの一体感はとても良い初体験でした。てなわけで、ライブ後にグッズ売り場に並んでさっそくペンライト買いました。次のライブでは振るぞ~。

あけましておめでとうございます & たこ焼きくるくる

みなさま、あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

年末年始、いかがお過ごしだったでしょうか。 私はといえば、今年の「初体験」として、たこ焼きをくるくるするという体験をしました。

昨年、長年の懸案だったホットプレートを新調したのですが、その新しいホットプレートには「たこ焼き用プレート」も付属していたんです。

私はグルテンアレルギーがあるため、粉はおたふくのグルテンフリーのものを使いました。

ドラマなどでたこ焼きを焼くシーンを見て、なんとなくは分かっていたのですが、たこ焼き作りのポイントは、たこ焼きのタネに水をしっかり入れてシャバシャバにする、いわゆる「シャバみ」なんですね。

そこからはしばらく辛抱して、タイミングが来たらクルッと回す。早すぎたら水分が多いので回せない。それを何度も繰り返していき、丸い形に成型する。思っていた以上に時間がかかります。

なるほど、だから長時間をみんなで楽しむ時間を称して「タコパ(たこ焼きパーティ)」なんて言葉もあるんですね。

実は今回の焼き方は、たこ焼き好きの息子がいろいろ試行錯誤した末にたどり着いた方法です。おかげで私は試行錯誤することなく、安心して初体験を楽しむことができました。

そんなわけで、今年の「初体験」を無事に終えました!

勉強方法は自由で良い

突然ですが、私は「ノートを使って勉強する」のが苦手です。皆さんにも、こんな経験はありませんか。

年度の初めに意気込んで、目的とする学習ジャンルごとに真新しいノートを用意する。ところが、その意気込みは長く続かず、冒頭の数ページを書いただけで、その後は真っ白のまま。そんな使いかけのノートが、いつの間にかたくさん溜まっていく。あれが、どうにも嫌なんですよね。私にとっては、「習慣化の敗北」の象徴です。

とはいえ、学習そのものが嫌いなわけではありません。むしろ、手書きで学ぶことは大好きです。手書きは好きなのに、ノートがストレス。そこでいろいろ試行錯誤した結果、ノートは使わず、A4のコピー用紙に自由に書きながら学習するスタイルに落ち着きました。

もともと私は、A4コピー用紙を横向きに置いてアイディア出しをするのが好きでした。何かを始めようと思ったら、まずA4コピー用紙を広げて、そこに書きつける。ノベルティグッズのイラストの案出しもそうです。振り返ってみると、私の思考を支えてくれていたのは「ノート」ではなく「A4コピー用紙横置き」でした。

読書でも同じです。エンタメとして読み流せる本ではなく精読が必要なアカデミックな本を読むときは、必ず「A4コピー用紙横置き」を横に置いてメモを取りながら読み進めます。

ちなみに、このA4コピー用紙の使い方も、マインドマップのように中央から広げる方法は私にはあまり合いません。だいたい紙を縦に二分割するイメージで、左上から下に向かってメモを書いていきます。最後にその一枚を眺め、必要に応じて要約を作る、という流れです。

私が「一枚の紙」が好きな理由は、おそらくいくつかあります。紙芝居のように順番を入れ替えられること。記録したものを「もういらない」と思ったら、気軽に捨てられること。ノートだと記述に一貫性を求められている気がするけど、一枚の紙だと書き方のスタイルも変え易い。ノートよりも一枚の紙のほうが圧倒的に身軽です。

最終的な成果物は、WordやPowerPointなどの形でデジタル化することが多いので、手書きはあくまで「学習の過程」という割り切りも、自分には合っているようです。

もちろん、これが正解というわけではありません。手書きよりPCツールのほうが合う人もいれば、A4ではなく小さなメモ帳がしっくりくる人もいるでしょう。

「A4コピー用紙横置き」で勉強するようになってから、「今までなぜノートにこだわっていたんだろう?」と不思議に思うようになりました。おそらく、小学校からの義務教育で身についた習慣なのでしょう。

でも、勉強に限らず、あらゆることの習慣化はもっと自由でいいはずです。

実は私、手書きで勉強するときに目に入る自分の字が嫌で、ペン字を習いに行ってました。そんなふうに、習慣の中でストレスになる要素を一つずつ潰していけば、だんだんと継続が可能になることも多いんじゃないかな。

こんなことを書いて、今年の私のブログ更新はこれが最後です。

今年も読んでいただき、ありがとうございました。来年も、どうぞよろしくお願いします。

アンコクくんを商標登録してみた

こんにちは。 連日の年末挨拶回りでふらふらです。あとちょっと、頑張ります。

さて先日、弊社役員の sumida さんが、もう13回目?になるのでしょうか、開催してくださっている「合同勉強会」と、それに続く懇親会である「忘年会議」に参加してきました。わいわい。

合同勉強会は、もともと各地で有志の勉強会を開催している主催者の方々が一同に会し、それぞれの活動を共有し合うことを目的とした会だったと記憶しています。今回も例に漏れず、かなり多才でツヨツヨな方々の発表が続き、私自身も多くの刺激を受けて帰ってきました。

夜の部である「忘年会議」では、私も軽く LT(ライトニングトーク)をさせていただきました。 今回のお題は『アンコクくんを商標登録してみた』。

このキャラクターは本当に長い間描き続け、グッズを作り続け、さまざまな方にお渡ししてきましたが、ついに、と言いますか、満を持してこのタイミングで商標登録を行いました。

その過程で「商標登録ってそもそも何?」というところから改めて調べ直したのですが、簡単に言えば、ロゴやキャラクターなどを通して「この会社だ」と一目でイメージしてもらえるようなデザインを守るための制度です。

商標登録にあたっては、「アンコクくん」という名前がすでに誰かに登録されていた場合、この試みは少々難航していたと思います。しかし幸いなことに、どこにも登録されていなかったため、比較的スムーズに進めることができました。

その顛末については、以下のリンクで簡単に紹介しています。

www.docswell.com

今回、一連の商標登録に関する活動を通じて、あらためて「会社のブランドとは何か」を考える良いきっかけにもなりました。

私が作っているノベルティは、最初の頃こそ社名を入れていましたが、ここ数年はあえて社名を入れていません。 それは、グッズを受け取ってくださった方にとっての「使いやすさ」を何より大切にしたい、という思いからです。

正直なところ、社名を入れることはデザイン面ではデメリットの方が大きいと、私は感じています。

だから、敢えての社名無しです。 その代わり、お渡しする際には開発秘話や実際の使い方などを、できるだけ丁寧にお話しするようにしています。場合によっては、いきなり私がプレゼンを始めてしまうので、「御社って……ITの会社ですよね?」と確認されたこともありました。

そんな、わが社と切っても切れない関係にあるキャラクターを、これから会社の強いブランディングツールとしてどう育てていくのか。 今回の商標登録をひとつの区切りとして、改めて考えていきたいと思っています。