株式会社オーディオストックの上場報告会に出席しました

昨日は、かねてより交流のある株式会社オーディオストックの上場報告会に参加させていただいた。

西尾社長をはじめ、COOの山口さん、その他エンジニアの方たちとはエンジニア・コミュニティを通じて交流があり、いつも仲良くさせていただいていたので、「よくぞここまで」と感無量だった。

西尾社長が東京にスタジオを備えたオフィスを開設された際には遊びに行かせていただいたこともあるし、弊社の50周年にはお祝いをいただいたこともある。

オーディオストックは、かつてはクレオフーガという社名で、西尾社長が岡山大学在学中に起業されたベンチャー企業だ。

その歩みの中で、さまざまな苦労をされたり、新たな仲間が増えたりと、折々の姿を見せていただいてきた。

今回、改めて西尾社長が語ってくださった創業からの変遷を聞き、いくつもの困難を乗り越えてこられたことを知った。

そして、その中で一つだけ変わらなかったことがある。

西尾社長は創業時から「上場する」と語っていて、その姿勢には一つのブレもなかったということだ。

会場の受付そばには、上場セレモニー用の「上場の鐘」のレプリカがあり、本物の木槌も置かれていた。みんな思い思いに鐘を鳴らしたり、写真を撮ったりしながら、お祝い気分に華を添えていた。

会場には、オーディオストックを支援してきた多くの機関の方々や仲間たちが駆けつけていて、みんな興奮していたし、笑顔だった。

そんな中、会場の隅っこで固まって、ほとんど名刺交換もしない一群。

そう!それがエンジニア界隈!

でも、久しぶりに、岡山でエンジニア・コミュニティが活発に立ち上がってきた頃の懐かしい仲間たちが一堂に会したという感じで、「久しぶり!」と言いながら、AIがどうの、PHP騒動がどうの、と相変わらずの話題で盛り上がっていた。

私も、なんだか同窓会みたいで楽しいなあ、と思いながら会話に加わった。

その日の主役である西尾社長は、ずっと多くの人に囲まれていたけれど、私も最後になんとかご挨拶をさせていただいた。

そして、変わらず「ゆかりん姉さん」と呼んでもらったのが、なんだか嬉しかった。

いつの間にか、あの若き青年社長が、岡山の若者たちを牽引する立場になったのだなあと、しみじみ感慨深く思った。

さまざまな界隈の人たちがこうして集まり、それぞれがいろいろな形で繋がっていて、みんなが一つの出来事を心から喜び、笑顔になっている。

本当に良い日になった。

ビジネス・チャンス

毎月泣き言を言っているかもしれないが、10月は特に忙しい。大学院の後期授業が始まったこともあるが、毎週末、各種コンベンションがあり、それだけで体力を使い果たしてしまう。

そんなわけで、今日は大学院で取り組んだ「ビジネス・チャンス」についての課題レポートを丸っと転載し、今週分のエントリとさせてもらう。

授業では、新しいビジネスの機会は「生成→発見→追求→収束」というプロセスを経ることを学んだ。そこで、私自身が見つけ、追求してきたビジネス・チャンスについてまとめてみた。最初はビジネス・チャンスとは「新規性」や「独創性」であるべきという考えに気を取られ、なかなかレポートが書けなかったのだが、視点を変えて、これまで自分がやってきたことを振り返ってみることにした。


「私が発見し、追求してきたビジネス・チャンス」

「他の経営者が見過ごしていた需要や市場に、自分だけが可能性を感じたことはないか」という観点から、私が現在利潤を得ているビジネスモデルについて考えてみることにした。

IT企業は、驚くことに「ITに詳しくない人でも儲けられるビジネス」だと思われていることも多いし、事実そうであることも多い。 しかし私は、経営者自身がITエンジニアであり続け、技術や人材を見極める嗅覚を磨くことにこそ、ビジネスチャンスがあると考えてきた。

具体的には、次の4点である。

  1. 有能なITエンジニアの卵を見極めて採用する。
  2. 有能なITエンジニアが絶望しないような職場環境をつくり、離職を防ぐ。
  3. 他社の有能なマネジメント層から「あの会社のエンジニアと一緒に仕事をしたい」と思ってもらえる人材を揃える。
  4. エンジニア・コミュニティに、経営層をはじめとする社内人材が深く関わる。

これは、私が経営に携わるようになった約20年前から考えていたことである。

【生成】 当時から、少子化などの影響によって将来的にIT人材が不足し、質の高いシステム開発ができる人材の価値が高まると予測していた。

【発見】 そのような環境では、優秀なエンジニアを外部から調達するだけでなく、自社で採用・育成・定着させる能力そのものが競争優位になると考えた。 上質なシステム設計ができるエンジニアを「促成栽培」したり、「どこかから派遣で連れてくる」といった発想に頼るのではなく、新卒から愚直に育てる必要があると考えたのである。

【追求】 まず、社内で独自の採用プロセスを考案した。その後、エンジニア・コミュニティへの参加などを通じて、技術力を高め、エンジニアの質を維持する仕組みを改善し続けている。 これらの取り組みを通じて、優秀な人材の確保と育成を自社の強みとし、現在の事業における利潤の獲得につなげてきたと考えている。

【収束の可能性と新たな生成】 では、AIが席巻してきた現代はどうか。 私はこの時代だからこそ、エンジニアとして愚直にシステム開発を探究する人材が必要になると考えている。

同時に、非常に慎重にもなっている。現在のシステム開発の常識的なプロセスが崩壊したとしても、それに耐えうる人材を育てなければならないからである。

AIによる技術革新は、これまで追求してきたビジネス機会を変化・収束させる可能性がある一方、新たなビジネス機会を生成するショックでもある。

そのような将来も見据え、私は現在、パラアスリートの雇用によって社内外に生み出される新たな価値についても模索している。

AIとは対極にある、身体を使った勝負の世界で高度な専門性を追求する人材が、同僚として同じ組織に存在すること。その姿勢を社員が間近で観察できることには、大きな価値があると考えている。

これがどのような新しいビジネス機会につながるのかは、まだ分からない。しかし、これまでと同様に、他者がまだ認識していない価値を発見し、それを事業につなげる可能性を探究し続けたい。

作ったものを見せ合う

後期では、ペアを組んで他クラスに出向いていく、という授業がある。ペアは先生がそれぞれの経験を考慮して決めるので、まったく知らない相手と組むことになる。私は工学部出身の修士二年目の男子と組むことになった。

ま、ちょっと、私みたいな経営学をやっている女性経営者とは接点がなくてやりにくそうで、申し訳ないなと思いながら組んだ。

けっこう待ち時間が長い(4時間もある)授業なので、暇なときに自己紹介し合った。

ペアの相手もシステムを作る系の子だったので、そういう話になった。それから彼は、自分の3Dプリンタの作品を載せているインスタアカウントを見せてくれた。お返しに私は自分の電子工作のYouTubeを見せた。

めちゃくちゃ気が合うってわけでもない二人だろうけれども、「作ったものを見せ合う」のっていいなあと改めて思ったのだった。

今度、彼の所属しているロボットサークルに遊びに行くかもしれない。

理由を答えるのは難しい

私はたいがい、やることが唐突なので、みんなにびっくりされることが多い。

それでよくあるのが、「理由」を求められることだ。

「なんで大学院に行くことにしたの?」

これまで何度も訊かれた。

もちろん、そのたびに答えてはいるのだが、よく考えると、わりと都度、答えが変わっている。

たとえば、

「会社が50周年を迎えるにあたってブランディングをした。それがとても手ごたえがあったので、研究してみたいと思った」

とか。

「親の介護も終わり、会社の周年も終わってひと段落した。女性の人生、自分のために使える時間は案外少ないから今しかないと思った」

とか。

変な理由だが、

「呑み会の誘いを断れるからちょうどいい」

みたいなことを答えたこともある。

最近は、こんなのも加わった。

「士業の人って、ものすごく勉強してなるじゃないですか。なのに経営者って無資格でなれるんですよ。それってちょっとおかしいなと思って。やっぱり経営するからには、経営の勉強をしたいなと思って」

これは、同じ研究室に税理士試験を受ける人が多く、その猛勉強ぶりに圧倒されて、あとから加わった理由だ。

どれも嘘ではない。

全部、本当の理由だ。

でも、どれも決定的な理由ではないような気もする。

一つ確かなのは、「しっかり勉強したい」という気持ちがあったこと。そして、しっかり勉強するには、やっぱり「師」が必要なのだと思ったことだ。

最近よく思うのだが、人生というのは奇妙なもので、いろいろなことが連鎖していく。そして私は、その連鎖が目の前に現れると、わりとすんなり乗っかってしまうタイプなのだ。

そもそも、私が会社経営に携わったことからして、計画したことではなかった。

本来会社を継ぐはずだった夫が父と喧嘩して飛び出してしまい、父に乞われて、私はしぶしぶ会社を継ぐことになった。

経営を始めると、当然、悩む。

それで経営者仲間をつくろうと経済団体に入った。

経済団体というのは不思議なもので、一つ入ると、二つ、三つと、なぜか入らないといけなくなる。

そうして所属していた経済団体で、大学院の先生に出会った。そのときは、自分が大学院に行くことになるなんて、まったく思っていなかった。

その後、別の経済団体できっかけをもらって、テニスを始めた。

それから数年が経ち、会社の50周年も落ち着いた。

「今なら時間がつくれるかもしれない」

そう思った。

大学院というのは、指導していただきたい先生を見つけその先生にお願いをして、受け入れていただければ行ける場所でもある。

そこで、以前知り合った大学院の先生に志願し、大学院に入った。

入学したころは、いろいろあって、パラスポーツのことを研究しようと思っていた。

それで、あちこちのパラスポーツ団体に行ったり、練習を見学したりしようとしていた。

そうしたら、私が通っていたテニススクールのコーチが、車いすテニスの選手を指導していた。

そして私は、パラアスリートを雇用することになった(このあたりは展開がちょっと早い)。

ざっくり書くと、こんな感じだ。

ちなみに、今の研究テーマはAIエージェントを使った実験なので、パラアスリートとは全然関係ない。

こうやって振り返ってみると、不思議に思う。

人間って、そんなに明確な「理由」を持って生きているのだろうか。

昨日も企業戦略論の授業で、企業は中長期計画をつくり、企業価値を高めていくものだと、あらためて教わった。

もちろん、企業に計画が必要なのはわかる。それでも、こんなに不確定要素の多い時代に、中期計画はまだしも、長期計画なんて本当に立てられるのだろうか、とも思う。

少なくとも、私自身の人生を振り返ってみると、長期計画どおりにここまで来たわけではない。

経営者になることも。

大学院に行くことも。

テニスを始めることも。

パラアスリートを雇用することも。

AIエージェントを研究することも。

ずっと前から決めていたことは、一つもない。

あとから振り返れば、そこにはいくらでも「理由」をつけることができる。

でも実際には、

人に出会って、何かが起きて、ちょっと面白そうだと思って、目の前に次の道が現れて、そこを歩いてみた。

その繰り返しだったような気がする。

だから最近、「理由」を訊かれると少し困る。理由がないわけではない。むしろ、理由はいくらでもある。

ただ、そのどれか一つが私をここまで連れてきたわけではない。出会った縁をいちいち手繰り寄せていたら、いつの間にかここまで来ていた。そういう人生も、案外悪くないと思っている。

そしてたぶん、これから先も私は、「10年後はここにいる」と決めて、その場所へ一直線に歩いていくことはできない。

そのかわり、目の前に現れた縁や偶然を、「これは何につながるんだろう」とついうっかり、また手繰り寄せてしまうのだと思う。

そう考えると、私のような人生を送るコツは立派な理由や完璧な長期計画ではなくて、目の前に現れた面白そうなものに躊躇なく手を出す力なのだ。

夏休みが終わる

そろそろ夏休みが終わる。

8~9月は大学院が夏休みなので、仕事に専念した。

前期が本当に苦しかったので(土日は課題が苦しくて病んでいた)、夏休みになることにホッとする気持ちもあった。一方で、ちゃんと仕事中心の生活に戻れるだろうか、という不安もあった。

同期の中には、「大学院に行ってるから会社に許可をもらってリモートもできたけど、夏休みは出社しなくちゃだから面倒だ」という人もいた。

しかし心配せずとも、仕事は仕事でしっかり忙しかった。

暑い中、できる限り営業回りもしなくちゃいけなかったし、出張もあったので、あっという間に仕事に集中する生活に戻った。数か月断りまくっていた呑み会も、体が許す限りこなした。

むしろ今は、「またあの勉強の日々に耐えられるかな」と思ったりもして、今から少しずつ助走をつけている。

ところで、私の営業スタイルは、IT業界といえども客先に足を運ぶ、というものだ。

不動産屋の知人も言っていた。本当にいい物件情報は、足を運ぶことでしか得られない、と。

それにしても、である。

どうしても、どの会社に行っても似たり寄ったりの会話になってしまうのが、少しおもしろくない。

特に最近は、

「AI使ってますか?」

だ。

訊く側もよく分からないまま、「流行りに乗っかってますか?」とか、「AIでコストカットできますか?」とか、そんなものをごちゃっと含んだような訊き方をしてくる。

私は少々面倒臭いので、

「今、大学院に行ってAIエージェント作って実験してますが(AIの何についてお訊きでしょうか?)」

みたいに答える。

すると、だいたいそこでその会話は終了してしまう。

今、みんなAIでおいしい思いをしたいのに、同時に恐怖におののいている。

もう、何かのプログラミング言語を使ってスクラッチで開発すること自体が減ってきた。AIに肩代わりしてもらうことがあまりにも増えた。

だから、「自分自身は腕を落としていっているのに、成果物だけがなにか出続けている」という状況になる。

これは精神的にかなり悪い。

しかも、成果物が出てくるから開発が順調なのかというと、そうとも限らない。むしろプロジェクトの混乱が増えているように感じることもある。

私はこの業界の人たちに、「ITで食ってんだから、ITの勉強しようよ」と常々、心の中で呼びかけている。

そういう意味でも、私自身が大学院に行って良かったことのひとつは、「勉強する胆力」を強化できたことだと思う。

アンコクくんアクキー(応援グッズ)

先日のブログに書かせていただいた長櫓圭永(ながろ けいと)選手の応援グッズ作りました。

アンコクくんアクリルキーホルダーです。

アンコクくんアクキー

お買い上げいただいた金額の一部が選手の活動費になりますのでぜひぜひよろしくお願いします。公式ショップでも買えます。

で、活動費ってどんなことに使うの?という疑問もあると思うので簡単に書きますが、以下のような内容です。

  • 国内・海外大会へのエントリー費
  • 大会・遠征のための航空券・交通費
  • 遠征期間中の宿泊費
  • 海外での現地移動費
  • コーチの指導費・大会帯同費
  • コーチ帯同時の交通費・宿泊費
  • 日々のトレーニング・コート利用費
  • 競技用車いすなどの競技用具・メンテナンス費

もちろん、長櫓選手のことを応援していただきたい!という気持ちが一番なのですが、実は私にはもう一つ、これを機にアンコクくんのことも知ってほしいという思いがあります。

これまでアンコクくんグッズは非売品で、親しいお取引先の方などにお渡しするためだけに作り続けてきました。

それが今回、長櫓選手の応援グッズとして、初めていろいろなかたにも手に取っていただけるようになりました。

これをきっかけに、長櫓選手にも、アンコクくんにも、少しずつ興味を持っていただけたら嬉しいです。

車椅子テニス、長櫓圭永選手が入社しました

今日は、嬉しいお知らせです。

車椅子テニスプレイヤーとして世界を目指している長櫓圭永(ながろ けいと)選手が、このたびフィネットに入社いたしました。

きっかけは、私が趣味のテニスで個人的に師事している遠藤義文(えんどう よしふみ)コーチを通じて、長櫓選手と出会ったことです。遠藤コーチのもとで練習する彼の姿を見て、そして世界を目指す想いを聞き、「この挑戦を応援したい」と思うようになりました。

長櫓選手は17歳のとき、オートバイ事故による脊髄損傷で両下肢の機能を失いました。そこからのリハビリは、私には想像もできないほど大変なものだったと思います。

しかし今、彼は車椅子テニスに夢を見出し、世界を目指しています。酷暑の中でも毎日のようにコートでトレーニングに励む姿を見ていると、「世界を目指す」という言葉の重さを感じます。

今、私たちが身を置くIT業界では、連日のようにAIの話題が飛び交っています。その大きな変化に多くの人が熱狂する一方で、翻弄されているようにも見える毎日です。そんな時代だからこそ、人が自分の身体を使い、汗を流し、積み重ねたものをコートの上で表現するスポーツは、ある意味でAIの対極にあるものなのかもしれません。

一度会っていただければ、長櫓選手の魅力はきっと皆さんにも伝わると思います。

これから、フィネットと長櫓選手、そして東京2020パラリンピックで女子日本代表コーチを務めた遠藤コーチの三者で、一緒に夢を追いかけていきます。

どこまで行けるか。

私たちも楽しみにしながら、長櫓選手の世界への挑戦を支えていきたいと思います。

詳しくは、長櫓圭永選手の公式ページをご覧ください。

f-inet.co.jp

また、Facebook公式ページも立ち上げました。 ぜひフォローして、長櫓選手の挑戦を一緒に応援していただけると嬉しいです。

www.facebook.com