熊はいなくなるべくしていなくなる

書店で「東京創元社創立70周年記念小冊子」(無料)を入手した。創元社文庫にはこれまで大層お世話になった。書店員さんは若い研修生で、私はその冊子は無料だと分かっていたのだけれど敢えて書店員さんに「これは無料でしょうか」と確認をし、書店員さんはいろいろ調べて、「バーコードがないから(無料)」と言いかけて、先輩に確認しに行き、それから私に手渡してくれた。

冊子には何人かの創元社に関わりのある人たちの「東京創元社、私の一冊」というテーマの寄稿が寄せられていて、私は、「そうだ、この冊子に載せられている本を全部読んでみよう」と思った。一回ぐらい、「〇〇で選んだ本100選」みたいなのを端から読むということをやってみたかったのだが、挫折が目に見えているので自信がなかったのだ。でもこの冊子の本の分量ぐらいならイケそうだ。

こういう「私の一冊」の選書が素晴らしいのは、それぞれその本が紹介者の心に長く留まっていたであろう本だからだ。「世界中で長く愛読されてきた本」でもなく、「今の時代に急に拡散されて多くの読者を得た本」でもない。良い本とは、その人の個人的な心の場所に置かれて愛でられてきた本なんだと思う。

一冊ぐらい私が読んだことがある本があると思ったのだが、やっと一冊(『マルタの鷹』)、それも内容をすっかり忘れていた。

最初はどれを読もう。どの本も面白そうだったが、できればリアル書店で「書籍検索できる機械」を使わずに見つけたいなと思ってところに見つけたのが『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』だった。記念すべき一冊目。

事実、イギリスでは熊が乱獲されて絶滅したとあとがきに書いてあったのだが、8編の短編が寓話のような仕立てで、それらは熊が自分の意志でもってしていなくなる「お話」ばかりで、挿絵もまた、とても素晴らしい。

どちらかというと熊は日本では人間を襲う恐ろしい動物という側面で語られがちで、「熊のかしこさ」はあまりクローズアップされていないだろう。

私はずいぶんと昔にインドに行ったことがあるのだが、インドのそのツアーはとても雑で、手違いで現地の人しか泊まらないようなホテルにしか泊まれず、朝の散歩でもしようと外に出たら現地ガイドが慌てて(多分、危険なので)追いかけてきたこともあった。そこで、記憶違いかもしれないが、屋外のなんの囲いもない道端で曲芸の練習をするために帽子をかぶって二本足で立つ熊を見たことがある。

どちらかというと、人間を食い殺す熊ではなく、二本足で立つ熊たちがこの本の主人公だ。

そして、これはかなりホラーな本だった。8本の短編の1本目からけっこう怖かった。

こうして素敵な一冊目を読み終えた。二冊目はどれにしようか。でもそれは自分が決められないだろう。だって書店で出会わないといけないから。正直、ネットで拡散されて話題になった情報をもとに、ネットで素早く買った本は意外とつまらないという経験が続いているので、今回ばかりは書店での出会いにこだわりたいと思っているのだ。