同じ相談を何度か受けたので

先日、まったく業種が異なるとある素晴らしいキャリアの持ち主のかた、(ここでは仮に島崎さんと呼ぼう)と呑んでいてある相談を受けた。これは以前にも似たような相談を何度か受けたなと思ったので、少し内容をボカしつつ書いてみる。

島崎さんは、今月末に上司とこの先のキャリアについて面談をすることになっていて、もともと技術職ではあるがいくつかの転機を得て上司のかたと同じキャリアのほうに足を踏み入れようかどうしようかと迷っておられた。

私は島崎さんの上司のかたのことも少し存じ上げているのだが、部分的には上司のかたを超えるぐらいの資質も持っておられるので、上司のかたにその気持ちを伝えたら良いのではと思った。島崎さんが気にしていたのは、上司のかたがそれなりにその道の第一人者というプライドもあり、ボタンを掛け違えると怒らせてしまうかもしれないということだった。

島崎さんと上司のかたに具体的にもめ事があったわけではないのだが、それまでのいろいろな出来事の中で島崎さんはもしかしたら上司のかたから自分は疎まれているのではないか、という不安が払しょくできないようであった。

私はその時に「あのね。島崎さん。『もしかしたら自分は相手から嫌われているんじゃないか』『もしかしたら自分はあの人から疎まれているんじゃないか』って思うことって組織の中ではたまに思うこともあると思うんだけどね。絶対に、『あなたは僕のことが嫌いなんでしょう』って口にすることも思うことも、駄目だから。それは思っただけで『ほんとう』になってしまうから。だから、相手があなたのことをどう思っているか分からない不安があったとしても、絶対に相手はあなたのことを100%信頼しているし、あなたも相手を100%信頼している、というそういう絶対的な前提の上で接したほうがいいと思うんです」と言ったのだ。

「あとね。上司の人、私も初めてお会いした時はちょっと神経質そうなかたかなと思ったけど、私から話しかけていったら笑顔も見せてくださったので、多分、あのかたは相手から懐に飛び込んでくれたほうが嬉しいタイプなんだと思うよ」とも言った。

島崎さんは私の助言を聞いて、ものすごくホッとしたような顔で、「相談して良かった。そうしてみます」と言ってくれた。私と島崎さんだって会うのは二回目だから腹を割って話せるほどの仲でもなかったと思っていたので、それを相談してくれるなんてよくよくのことなんだなあと思った。

組織の中で、派閥とかグループなどがある場合、「あの人(あのグループ)から自分(自分たちのグループ)は嫌われているかもしれない。そんな悩みを聞くことはけっこうある。

私も以前、そういうことでモヤモヤしていて、ついうっかりギクシャクしている相手に向かって、「あなたは本当は私のことが嫌いなんでしょう?」と訊いてしまったことがある。それはもう何年も前のことだけど今でも後悔している。そう言ってしまった途端、そのことは「ほんとう」になるかもしれない危うい言葉だ。そんな言葉、投げかけられた側からしたらその瞬間から、そんなことを言ってきた相手とは本当にリラックスした関係にはなれなくなってしまうだろう。今でもずっとずっと、悔やんでいて、だからずいぶんと経ってからその人と話ができたときにはホッとしたのだった。

組織で相手と自分の間に距離を感じるとき、それは単純に文化が違うせいで互いのコミュニケーションの取り方がまったく違うせいかもしれないし、たとえば同性が多い職場にいて異性に対してビジネスで会話するのに慣れていないから戸惑っているだけかもしれない。上司といえど余裕がなくて部下を認めてやる優しい言葉が用意できなかっただけかもしれない。

帰り際、島崎さんが明るい顔になって良かったし、面談がうまくいったら本当に嬉しいなあと思いつつ見送った。